消えていた橋

市街地から山道へ入り、お茶を購入する為、道端に車を停める。
お茶缶二人分持ち帰ると車付近でティー・ティー・ティーと音がする。
車を走らしたがその音は離れない、しばらく行くと道を塞ぐバリケードが目に入った、何か有ったのか、森林植物園の前で道が閉鎖されていた。
23日前の大雨で森林植物園⇔六甲牧場間の道路が一部えぐられ通行不能と後日解る)
 
仕方なく車を停めたが、あの音が今度はエンジンルームからティティティと鳴っている、ボンネットを開けるとラジエターから白い煙が、これはかなり緊急事態、室内の水温系の針は高温を示していた、車の状態は絶望的である。

 だが、山を前にこのまま帰るのも辛い、この辺りから自宅までの距離なら歩いて帰れなくもないので、当初の目的地を変えてこの辺りを散策することにした。

トゥエンティークロスに着くと、見なれたが数日前の大雨で一変していた。
そうとうな水量であった痕跡があちこちに有り、川を渡る為に並べられた大きな岩も何処へ流されたか見当たらない、水のいの物凄さを物語っていた。

今は元の水位に戻り、散策する人の姿も有り、穏やかな雰囲気である。
女性5人のパーティー、まるでユニホームか全員が整った身なりで近づいて来た、山でお喋りの絶えないおばさん達とは少し違っていた。
そのリーダー風な女性が『足を濡らす個所がいくらかあります』と情報をくれた。

その1つ、瀬に板が架けられた所、その大きな板が流されたらしい、川の中を歩くしかない、転ばなければ大丈夫だが、岩の上は流れが速く見えて足を捕られそうだ、不安いっぱいに最初の一歩を水の中へ、清流の冷たさが心地よく何故か新鮮だ、滑る事もなくもう一歩、また一歩・・・

2m下に川の淵があった、橋が消えて登山道はここで途切れていた。
少し戻ったところのベンチでお昼を取っていると不思議な青年が通り過ぎた。
ビジネスマンが山に迷い込んだ様なスタイルである、スーツの上着こそ着ていないが白のカッターにダークのパンツ、靴は多分履き慣らしたビジネスシューズだったと思う、おまけに街のコンビニでパンでも買ったのか手にビニール袋をぶら提げていた。
まるで御堂筋のビジネス街からテレポートされてきたのかと思ってしまう。
山を楽しむ為のスタイルではないがこだわりの無さはお見事である。
やはり六甲は都会の山である。

そのビジネスマンは袖口のボタンや襟のボタンをだらしなく開けて、これ以上汗をかけないと言うほどに顔中から汗が噴出していた、低山夏山は場所を間違えると地獄である、目は虚ろなのか真剣なのか判らない眼つきでじっと前を見てかなり急ぎ足で私達の横を通り過ぎていった。
この先も橋が流されて道が途切れている、戻って浅瀬を見つけ迂回するのが賢明である。
 時間が経つにつれ、強引に進んだのかと思っているとビジネスマン氏は、例の急いだ足取りに困惑した表情を加えて戻って来た、汗でカッターシャツが貼り付いた背中を見せながら元来きた道へと帰っていった。

後日訪れると山側に迂回路が作られてあったが、橋は流されたままであった。

 その橋は丸太で組まれた立派な橋で山の味わいがあった
ある日、初老の紳士が今は無い橋の中ほどで立ち止まり、山の味わいを楽しむかのように辺りを見回したり、足元を泳ぐアブラハヤの群れを目で追ったりしながら時を楽しんでおられた。

1999.07.06

消えていた橋

池田秀信













1999.06.01撮影(以前の橋のある風景)

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